独立までわずか2年!!
経験も自己資金もなくても自分の店が持てる!!

博多ラーメン・本丸亭・ラーメン 天風・つけ麺 本丸・ラーメン 本丸・濃厚とんこつラーメン 有頂天
でじ韓・鍋こまち・ソウルテーブルの独立制度。自己資金なしで2年後、自分の店が手に入ります。

STEP
ラーメンづくりから店舗運営の基礎を覚えてもらいます。

STE
店員になって、繁盛するために奮闘!!

STEP
その後、お店を引き継いで独立します!!

独立するメリット

自分で育てたお店、スタッフ(アルバイトさん)もそのまま引き継いで独立が出来ます!

独立してお店が繁盛すれば月給100万円以上も可能!!


店長への道のり

研修


入社から4日間

まずは本丸亭・天風の理念をしっかり理解することから始めます。その後、接客の反復練習をします。店長の指導のもと4日間行います。丁寧に教えますので確実に覚えましょう!

ホール


入社から2週間

研修を終え、最初にやってもらう仕事がホールです。だいたい入社2週間後程度。ニコニコ・キビキビ・ハキハキが合言葉。始めは丁寧さと確実性を心がけ、徐々にスピードアップ!

サイドメニューの調理

入社から3週間

チャーハン、餃子、揚げ物、ご飯などの調理です。入社3週間くらいから担当し、完璧にマスターするのに2ヶ月が目安です。ただ調理するだけではなく、麺場と息を合わせ、ラーメンと時間差がないように調理することが大切です。

仕込み


入社から1ヶ月

スープの仕込みは味を決める重要な仕事です。入社1ヶ月でマスターが目標。レシピ通りに正確に仕込むことが肝心です。スープはラーメンの命ですので特に集中して行うこと!

麺場


入社から1~2ヶ月

本丸亭・天風の中心ポジション。入社1〜2ヶ月で立つことができる。麺場はお店全体のリーダーです。お店全体に気を配り、指示を出したり、ペース配分を考えたり、営業の要です!麺場の力がお店の活気を決めます。

仕入れ


入社から2~3ヶ月


入社2ヶ月〜3ヶ月。食材の発注の仕事です。その日使った食材の量を把握し、翌日以降の食材を発注します。数値に基づいた正確な予測ができるようになりましょう。

教育


入社から3ヶ月
~半年

店長になるために必要な能力が教育です。入社3ヶ月〜半年で行う。新人さんに多いのが、仕込みや調理ができればラーメン屋はできるだろうと思う方です。
ラーメン屋はメニューも多くないので、調理は数ヶ月で習得できます。店長にとって最も大切なことは、すべてのスタッフの能力や魅力を引き出すことです。

シフト


入社から2ヶ月

入社半年ほど。教育をするようになると今度はシフトを組みます。お客様数によって的確にスタッフを配置します。シフト作りをしっかりしないとお客様にご迷惑をかけることになるので重要な仕事です。

店長

入社から半年
~1年

以上をマスターし、本部や先輩社員から認められれば晴れて店長です!半年〜1年で店長を目指しましょう!毎日仕事に集中すれば早く店長としての力をつけることができます。

独立成功インタビュー [Case.001]

ラーメン本丸亭 東海通店
豚骨ラーメン有頂天 豊田店・岡崎店
ケンドリーム株式会社 代表取締役


田辺健太(47)

当社初の独立者!独立して5期目

社長になる夢
追いかけたくて
入社しました!
ケンドリーム株式会社 社長 田辺健太

独立1期生として開業!
いまや3店舗で30名の社長に。

ケンドリーム株式会社 社長 田辺健太
みなさん、こんにちは!ケンドリーム株式会社で代表取締役をしております、田辺といいます。はじめまして。いま、申し上げたとおり、私の会社の名前には「ドリーム」つまり「夢」が入っています。実際に私は本丸亭に入社して夢を叶えることができました。私が本丸亭に入るまでは何をしていて、なぜ挑戦しようと思ったのか、独立に向けてどんなことを意識して仕事に取り組んでいたのか。そして、独立した現在で思うことは…そのあたりを、順を追ってお話ししていきたいと思っています。ちなみに「ケンドリーム」の「ケン」は、私の名前である「健太」からとった社名です。
私は現在47歳。本丸亭に出会ったのはいまから6年前ですから、41歳のときですね。それまでは製造メーカーの営業を5年、派遣や移動販売を1年、それから本丸亭に入る直前までは11年間、トラックの運転手をしていました。生活も、仕事も安定していたのですが、40歳のときにワケあって離婚。自分の人生について、あらためて考える機会を持ちました。そんなときに出会ったのがワンダフルハーツ。ずっと「自分の店を持ちたい」という夢を持っていたので、「これしかない!」と直感し、自分の人生を賭けて挑戦することにしました。
「失敗を繰り返して成長」と言うとカッコよく聞こえるかもしれませんが、41歳、これまで飲食店で働いたことのない男の挑戦は、失敗の連続でした。接客では大きな声を出すことも出来なかったですし、忙しくなると店舗をまわすことが出来ず、お客様をお待たせしてしまう始末。それでも頑張ってこれたのは、励ましてくれる仲間の支えがあったから。本丸亭は、前向きにチャレンジした結果、失敗をしたとしても許してくれる会社です。
そして入社から半年くらいが経った頃、当時の上司に「そんなに頑張ってるんだったら店長をやってみたら」という声を掛けていただき。入社当時からの目標だった本丸亭 東海通店の店長にしていただきました。
独立の話をいただいたのは、そのわずか4ヶ月後。オープン当初からスタッフ教育に試行錯誤し、ようやく全員が笑顔でお店づくりに参加してくれるようになり、運営が軌道に乗ってきた頃でした。最初は「自分にはできるはずがない」。あまりに早くやってきた独立のチャンスに、私は尻込みしていましたが、社長や平松専務(当時)。いつものように笑いながら「大丈夫だよ」と言っていただけたことで肚が決まり、ワンダフルハーツの独立第一号として、文字どおり、自分の店と会社を持つことになりました。

ケンドリーム株式会社 社長 田辺健太ラーメン本丸亭 東海通店で独立を果たし、ついに夢を叶えることができました。飲食業界での経験がまったくなく、41歳で何の後ろ盾もなかった自分が、わずか1年4ヶ月で独立…。社長や専務の存在、仲間の存在はもちろん大きいですが、「夢を持つ」ことの大切さを、あらためて感じました。もうお気づきだと思いますが、「ケンドリーム」という社名には、そんな私の教訓や感謝の思いを込めているんです。

そして豚骨ラーメン有頂天 豊田店で2店舗目もオープン!一号店のときはあっという間の独立でしたが、2号店のときは考える時間もたくさんあり、
これからもっと頑張らなくては、という思いを改めて感じました。また3号店となる有頂天 岡崎店の出店は自分自信のためもありましたが、働く従業員のために活躍できるステージを広げたい。そんな責任感も芽生えていました。

いま三店舗を経営して感じるのは、まず従業員のことを思う姿勢が何よりも一番初めにきていること。スタッフの数も多くなり、忙しくないときは経営について考える時間を取るようにして、将来何をすべきかをイメージするようになりました。どうすれば社員が幸せになれるのか、私もずいぶん経営者になったんだなっと思っています。

独立から5年。現在は名古屋で30名のメンバーと一緒に、3店舗を経営しています。本丸亭というお店自体は変わりませんが、社員、店長、社長と立場が変われば見えてくるものも全然違うということを日々実感しています。最近は自分のことよりも、若い世代を育てることに興味があって、力を入れていきたいと思っています。
今後の目標は、自分の会社から独立を出すこと。そして、将来的に10名の独立社長を輩出することです。いずれにしても、転職してきた6年前には、こんな夢を語るようになれるなんて、夢にも思っていませんでしたね。一大決心をした41歳の自分は、正しかったです(笑)
チャレンジするのに、遅すぎることはありません。私はそれを自分のsぷ型で証明してきたと思っていますし、これから私が「ケンドリーム」という会社を発展させていくことでも、証明し続けていきたいと思っています。ワンダフルハーツは、すべてのひとに可能性を広げてチャンスを与えてくれる会社。あなたの「夢」も、きっとここでなら叶えられるはずです。

独立成功インタビュー [Case.002]

つけ麺本丸 栄店、博多ド豚骨マルシン
稲沢店 2店舗で独立
丸義商会株式会社 代表取締役


是枝義臣(43)

入社2年で独立・法人化

40歳を過ぎてを追える
仕事に就きたかった。
丸義商店株式会社 代表取締役 是枝義臣

レールの上を走るなんてまっぴら
だから本丸亭で脱サラしました。

みなさんはじめまして!つけ麺本丸亭栄店と博多ド豚骨マルシンの2店舗を運営する丸義株式会社の代表取締役・是枝です。物流業界一筋で22年間働いてきた私ですが、シングルファーザーとして育ててきた娘が大きくなるにつれて、「自分の夢を追いかけたい」と、いつしか企業を考えるようになっていました。ちょうど同じ時期に当時の会社の近くにあった本丸亭で「0円で独立開業可能」という独立候補生の募集チラシを見て、その想いはいよいよ現実的に。既に本丸亭の味は自分の舌で確認済みで高いクオリティは知っていましたし、サラリーマン時代に週2〜3回通い続けたお店は唯一ここだけだったこともあって、とにかく「美味しかったから」という理由が大きいのかもしれません。あと常に店内はお客様で賑わっていて、そんなお店を自分の手で経営できたらさぞかし儲かるんだろうなとも思いました。
でも最後の決め手は娘の一言、娘には小さい時から寂しい思いもさせてきたので、私の夢を言い出せずにいました。40代からのチャレンジなので、失敗すればまた娘に辛い思いをさせてしまう…。しかし私はついに娘に夢を話しました。娘は反対するどころか、「お父さん頑張って。お父さんの人生じゃん。やりたいことやらないと悔いが残るよ!」と後押ししてくれました。それまでは娘に対して「こんなことをやりたい」なんて言ったこともありませんでしたから、私の熱い気持ちが伝わったんでしょうね。
当時は物流会社の所長をやっていて、年収もそこそこあったのですが、決められたレールの上を走るだけじゃつまらない、成功しなかったら元の業界に戻ればいい、転職を決意したのです。それに面接で平松社長と話しをして、応援していただき、決意しました。余談ですが今でも平松社長には何でも話せますし、月に一度、独立社長が集まる飲み会も最高の楽しみになっていますよ。
丸義商店株式会社 代表取締役 是枝義臣

入社後はラーメン本丸・小牧店で研修を開始しました。まずはホールで接客、その後洗い場や調理の補助などを経験し、入社して数か月経ったころには、体のほうも慣れて、仕事も大分スムーズにこなせるようになりました。最初に苦労をしたのは接客についての心構えと対応面。お客様の気持ちが良くなるように大きな声であいさつをすることと、下を向く癖があったので、しっかりと顔を上げるように心がけていました。
 そして有頂天・小牧店では調理場を任されるように。もちろん本丸亭に入社するまではラーメンを作ったこともありませんでしたので、スープの仕込みから麺のゆで方まで、先輩にしっかりと指導していただきました。そして本丸亭・刈谷店へ配属。店舗マネジメント全般を教えていただき、新店のつけ麺本丸・栄店のオープニングスタッフへ。
 店長になり、その後入社して1年7か月後には独立しました。誰よりも声を出して、誰よりも細かいことに気を配り、誰よりもお客様にご満足いただけるように、とにかくお店の利益になると思ったことは、すべてに一生懸命に取り組みました。年上の仲間も頑張っていたことが大きな励みとなり、負けるものかと自分も頑張れたのが大きいですね。

私の場合、独立までの期間は約2年と、他の方に比べて早かったのですが、この2年間は「どうすれば独立できるのか?」ということ第一に考えて仕事に取り組んでいました。
例えば接客の仕方にしても、笑顔で手を前にしてお辞儀をするなど、本丸亭で定められたマニュアルをしっかり守ることで、お客様に喜んでいただける対応を心がけていました。マニュアルには他にも細かな対応がたくさん書いてあり、帰られるお客様への一声など、お客様が「この店、気持ちいいね」と思える接客方法が書いてあるのです。
また調理や食材の管理、店舗の経営面についても、分かりやすく明記されています。だからこそ本丸亭はどのお店も繁盛店。マニュアルをはじめとした儲かる仕組みが確立されているからこそ、成功することができるのです。お店が暗くて汚くて店員の声も小さい、そんなラーメン屋だったら、皆さんも行きたいと思いませんよね。
儲かる仕組みが確立されているからこそ、未経験の自分でも儲かる店舗をつくる事ができるのです。
そういえば独立をして印象に残ったエピソードがありました。常連のお客様がうちのお店の味に惚れ込んで「自分も独立開業を目指したい」とおっしゃっていただいたのです。結局その人は家族の許可が出ずに話しは進まなかったのですが、そう言われた時に自分のラーメンが認められた気がして、とても嬉しかった記憶があります。「やってて良かったな〜」と心から思いましたよ!

サラリーマン時代にランチへ行っていたラーメン屋に独立をするために転職。そして開業資金0円でリスクのない独立開業を実現して、いま社長をやらせてもらっている。振り返ると人生はつくづく分からないのもだなぁと思います。でもあのままサラリーマンをやっていたら今の自分はない。だからあの時、勇気を出して行動して良かったと思います。
 あと自分が右も左も分からない未経験だからこそ、逆に素直に吸収して成長できたのだと思います。前の職場ではどうだった、自分のやり方はこうなんだ、そうなってしまっていたら成長は遅かったんだと感じています。
 独立開業にあたって年齢は関係ありません。私も40代からの独立開業でしたが、遅いとは全く思いませんでした。自分のエピソードを読んでくれた人の、背中を少しでも推せればこんなにうれしいことはありません。あなたもぜひ本丸亭でチャレンジしてみてください。

独立成功インタビュー [Case.003]

ラーメン本丸 小牧店 店長


垣見健一(48)

入社2年8か月で独立

マニュアルがしっかり
している本丸亭だから、
わたしも独立して
経営者になれました!
ラーメン本丸 小牧店 店長 垣見健一

独立で成功したかったから、
自分は本丸亭を選びました。

はじめまして、ラーメン本丸亭・小牧店、オーナーの垣見(かきみ)と申します。実は私、ここに来るまで波乱万丈の人生を歩んできまして、やっと人生の最後に成功を掴んだ感覚です(笑)。これまでのいろいろな仕事を転々としてきましたが、最初の独立は20代の頃にはじめた大手カレーチェーンのFC店。開業資金こそ数百万かかったものの、当時の嫁と2人で運営にしていたこともあり人件費をほとんどかけることなく、順調に利益を伸ばしていました。しかし嫁さんとの離婚をきっかけに自分ひとりでお店を運用するようになり、人件費を中心に利益率が悪化。なんとか頑張って続けていましたが、やむなく店をたたむことになりました。
しかしこの大手カレーチェーンでの失敗は、離婚が原因によるもので、そんなにダメージは大きくはありませんでした。そして次は「一人でも利益の出しやすい業態にチャレンジしよう」ということで目を付けたのが、広島県に本部がある某ラーメンチェーンのFC店。他のエリアでは流行っている店が多く、ちょうどタイミングよく愛知県内で独立開業店舗を募集していましたので、約1000万円弱の開業費に高いなぁと思いながらも、銀行から資金を借り入れて独立開業。しかしこれが大失敗の始まりだったのです…。
まずそのラーメンチェーンでは、本部からのサポートがほとんどなく、開業後こそ、本部からの応援スタッフが派遣されてきたものの、1か月くらい経った頃にはお店を切り盛りしているのがラーメン業態未経験の自分ひとり。また利益の有無に関わらず、毎月固定額でフランチャイズ料の支払いがあったため、フランチャイズ料のためにお店を運営しているような毎日でした。そして一人で切り盛りできると思っていたお店も、素人同然の自分だけでは何もすることができずに人件費はカレーチェーン以上に大きな負担に。毎月のように赤字を垂れ流し、資金が回らなくなって、あっという間に閉店となってしまいました。
その後は独立に失敗したトラウマを引きずりながら、サラリーマンとして営業職や接客業など、転職を繰り返し、流れに流れて、たどり着いたのが本丸亭。転職情報誌で100店舗展開を目指すための幹部候補募集!のキャッチコピーに惹かれて応募しました。
ラーメン本丸 小牧店 店長 垣見健一

入社したときは「ラーメン屋なんて二度と独立して自分でやるものか」と思っていました。一度ラーメン店で失敗していますから同じ轍は踏みたくなかったのです。自分が加盟した某FCチェーンでは、独立開業資金に一千万円以上必要で、さらに毎月のロイヤリティも数十万円単位の金額に。一見、儲かっていそうでも、実はほとんど利益は残らず、FCに加盟する時は慎重に調査をしなければならないと思い知りました。
 当時、本丸亭では独立候補生に力を入れて募集していましたが、自分が選んだのはもちろん社員として幹部を目指す「幹部候補生コース」。将来の100店舗展開を掲げていたため、この会社を幹部として大きくしていく!とやる気マンマンで入社しました。一緒に働く店仲間たちをはじめ、上司や社長がみんな真剣に仕事をしているんです。
 入社後にホールでの接客から始まって、仕込みや調理など、やり方を自ら実践して教えてくれる先輩や、自分が苦手だったサイドメニューの調理が大変で心が折れそうだったときに「この後、ご飯でも行くか」と誘ってくれる先輩など、面倒見の良い先輩も多く、稼ぎたいと頑張っている人や、偉くなりたいと上を目指している人など一緒に頑張れる仲間がたくさんいて、親身になってくれる「仲間たちの想い」はこれまで経験してきた二つのFCチェーンにはありませんでした。
そして自分が本丸亭に入社した1〜2年後には独立して会社を設立した人も出てきました。そしていつからか、自分にもできるんじゃないか?いや、やってやろうじゃないか!と思うようになったのです。

過去に他FCで失敗した自分が、本丸亭の独立システムの優れた点を挙げるとするなら、本丸亭は「FC」ではなく「独立」なので、初期投資が0円で開業できること。本丸亭は誰でも独立できるわけではなく、まず人間性を見て、経営者として会社を継続できるスタッフだけが独立できるのです。加盟店を大量募集してやり逃げするFCチェーンが多いと聞きますが、独立後に本部へ納める費用がかからないこともあって、本丸亭は安心できます。そして独立後の手厚いサポートも大きなポイント。独立しても強豪相手ではなく「最近頑張ってるの?」「こうするといいよ」なんて、一緒に上を目指す仲間同士でいられることが何よりの財産です。少なくとも私が昔やっていたFCには、こんな環境はありませんでしたよ!
いまは、繁盛店になっている先輩のやり方をしっかりと分析し、自分もそれに続け、と頑張っています。「本部が定めたやり方を忠実に守る」。それができれば、繁盛店が誰でも作れる環境です。スープの仕込みや心のこもった丁寧な接客など、定められたやり方の中には手間暇かかる作業も多く「ここまでこだわるのか」と思うこともたくさんあります。また帳簿の書き方や原価の管理に関しても社内のシステムでIT化されている部分が多く、やり方さえ守っていれば、お店の数字をUPさせられるのです。
ラーメン本丸 小牧店 店長 垣見健一
独立、離婚、また独立、大失敗と、人生のどん底を味わったのが約10年前。そこから抜け出せたのは、本丸亭に出会えたからこそ。他ラーメンFCで失敗した自分が、まさか同じラーメン業界の本丸亭成功できるとは思っていませんでした。考えてみれば、過去の失敗はすべて今の成功につながっているのでは、とさえ思います。
 また本丸亭を運営するワンダフルハーツでは、ラーメン業態以外にも、様々なジャンルのお店を展開しているので、これからの選択肢も広いと感じています。自分も将来、しゃぶしゃぶやカフェなど、様々な業態にチャレンジしていきたい!これからも楽しく前向きに頑張っていきたいと思っています!もし私と同じく事業に失敗してしまった人や、独立したいけどチャレンジするのに躊躇している人がいたら、一度本丸亭に来て話をしてみてください。

独立成功インタビュー [Case.004]

とんこつラーメン有頂天・田県店
グローバル株式会社 代表取締役


梅村慎二(33)

2年後独立

資金ゼロから
独立できる制度が
魅力だった!
●●●●株式会社 代表取締役 梅村

コネも資金も無かったけど、
独立制度を使って31歳で独立!

グローバル株式会社 代表取締役 梅村
本丸亭に入るまでは、大工、とび職、工場のライン工、中距離ドライバーなど、色々な仕事をしてきた梅村です!

 ここに来るまでは何をやっても中途半端。職人になろうと思って臨んだ大工やとび職は、厳しい修行に耐え切れずに、すぐにあきらめてしまったし、なんとなくで始めた工場のライン工は退屈すぎて続かなかったし、中距離ドライバーに至っては楽だと思ってはじめたものの想像以上に厳しくて逃げるように辞めてしまいました。

 生でやりたいことも無かったんですけど、本丸亭に出会って、やっと腹が据わった。特別な能力が無くても社長になれることを、僕の体験談を交えてお伝えしたいと思います。
私入社するまでは、本当に何も無かった男です。仕事は転々としているし、コネや資金も何もない。今みたいに人生の目標とかも全然なくて、いつものようにパラパラと求人情報誌を見ていると、目に飛び込んできたのが「自己資金0で独立開業」のキャッチコピー。どんな会社なのかと細かく読んでいくと「ラーメン屋」。ラーメンを食べることは好きだし、一度面接に行ってみようと最初は軽い気持ちで電話をしたのが、僕と本丸亭との出会いでした。

 その時、面接をしていただいたのが、既に独立して活躍されていたケンタドリーム株式会社の田辺社長でした。当日は面接のほかに「店舗説明会」もやっていただきました。店舗説明かとは、先輩社員が店を隅から隅まで案内して、まず入社したらやること、こんな段階を踏んで仕事を覚えて行く、など細かく説明してくれる会です。

 そして店舗説明会の後に研修があります。田辺社長は、「こんな良いところがある」という話はもちろん「実はこういうところが大変」という話まで正直に聞かせていただき、とても安心することができました。僕は田辺社長の人柄と説明に引き込まれていきました。話を聞いているうちに、だんだんと「自分にもできるぞ!」と思うようになり、最後には、よし!やってみよう!と挑戦することを決意しました。

 最初の配属は面接を担当していただいた田辺社長が運営する店舗。社長から直々に仕事を教えていただき、僕のこんな所が良い、ここは直したほうがいい、など具体的にアドバイスいただき、出来る仕事が増えるのと同時に自分自身にどんどん自信がついていきました。教えてもらった通りに仕事をしていると、お客様が「梅村君ごちそうさま」「また来るよ」「美味しいね」など、色々な言葉をかけて下さるようになって、いつの間にか仕事も楽しくなっていました。本丸亭に入るまではあんなに嫌だった「働くこと」が楽しくなってく。人生が変わった瞬間かもしれませんね。
独立して社長になった今、改めて自分を振り返ってみると、田辺社長に教えていただいたことが、いまの自分の大きな財産になっています。飲食店未経験だった僕に楽しそうに働く背中を見せてくれたのも田辺社長。褒めるときは褒めて、叱るときは叱る、そんなまっすぐな愛情を注いでくれたのも田辺社長。休憩中も
グローバル株式会社 代表取締役 梅村
自分の考え方や心構えを語ってくださって、僕の話をじっくり聞いてくれたのも田辺社長。「失敗してもいいから」とアルバイトの面接やお店のマネジメントにも挑戦させてもらいました。田辺社長には感謝してもしきれません。

 本丸亭には田辺社長をはじめ、平松社長や、独立されて活躍している社長など、自分のことを思ってくださって、育てていただける素晴らしい人たちがいます。僕がここまで来れたのは、支えて下さった全ての先輩たちのおかげだと思っています。独立開業って自分だけが頑張って、開業したら孤独な戦いが続くと思っていましたけど、それは大きな間違いでした。みんなで切磋琢磨しながら頑張っていける環境が、本丸亭にはあるのです。だからコネもお金も無かった自分がここまでこれたんです!
社長になるという目標を達成したいま、僕には大きな夢が2つできました。1つは海外にお店を出すこと。実はハワイとかグアムとか、南国のリゾート地にお店を出すのが夢なんです。自分自身のそこで働いてみたいという想いと、そこに本丸亭があったら他の社長たちが喜ぶだろうなと思って。本丸亭の味を世界に広げて、もっとたくさんの人たちにこの味を伝えていく意味もあります。そして2つめは、自分のように本丸亭に出会って幸せになる社員を増やすこと。僕が田辺さんから受けた大きな恩を、次の人たちに伝えていきたい。そうすることで僕が大好きな本丸亭を通じて幸せな人たちを増やすことができると思うから。これからもさらに上を目指して頑張ります。もしウチで頑張りたいという人がいたら、是非とも門戸を叩いてほしいと思っています。前職やこれまでの経験は関係ありません。入社して頑張る気さえあれば、まわりの先輩たちがモチベーションを上げて育ててくれます。あなたも新しい人生を本丸亭でスタートさせてください。

独立成功インタビュー [Case.005]

グループオブシンパシー株式会社


石川尊士(38)

入社5年で独立

働くんだったら
社長を目指したい
思ったから。
グループオブシンパシー 石川尊士

スキーインストラクターから、
社長になった男がここにいます!

グループオブシンパシー 石川尊士
2015年で入社して5年、独立して3年目になりますが、前職ではスキーのインストラクターをしていました。本丸亭には、私のように本当にさまざまな経歴を持った人がいて、誰にでもチャンスがある会社です。私がインストラクターから、独立するまでの話をすることで、これからキャリアチェンジをしようという方にとって、少しでも励みになれば嬉しいです。
私は大学卒業後すぐに、スキースクールへ就職しました。当時はスキーブームの真っ只中。「仕事でスキーができる!」と、インストラクターは誰もがうらやむような職業でした。冬は雪山でスキーを教えて、夏は飲食店で働くという独特の働き方も、なんだか業界の人という感じがして、自分としてもとても気に入っていました。

 しかし長くは続きませんでした。スキーブームが下火になるにつれて、インストラクターの需要も減っていったのです。転職を決意したのは、31歳の頃。30台で引退するスポーツ選手が多いように、体力面でも考え直す時期に差しか掛かっていました。

 夏のあいだ飲食店で働いていたこともあり、転職先は飲食業界で探しました。そこで出会ったのが、ワンダフルハーツ。募集していたのはしゃぶしゃぶ業態のお店だったので、私のワンダフルハーツのキャリアは、そこから始まりました。とはいえ、「独立」という目標に業態は関係ありません。まわりの仲間と目指していたように、私もまた、独立を目指して毎日の仕事に取り組んでいました。最初は「お客様を待たせない」「迷惑をかけない」ということで必死でした。もともとインストラクターをしていたため筋肉質ではあったのですが、さらに体は絞られましたね(笑)
グループオブシンパシー 石川尊士

最初は店舗で誰よりも大きな声を出すなどがむしゃらに頑張りながら自分のできることから始めました。そして調理場を覚え、もうそろそろ店長になりたいと思っていたときに店長へ昇格。そしてがむしゃらに頑張っていたらまた上司から声を掛けてもらい独立することに。

 社長をはじめ面倒見の良い先輩などがいたおかげで独立することができました!入社した当時からの目標だったので、ひとつのゴールではありましたが、そこからが本当のスタートでした。独立という言葉の響きのせいなんでしょうか。

 昔から人の輪の中心にいるようなタイプではなかった自分が、独立をしてリーダーシップをとっているなんて、若い頃は想像もしませんでした。なぜか、自分は40代になったら絶対に工場で働いていると思っていました(笑)

今の目標は、一緒に頑張ってくれている社員をどう育て、その人の強みを最大限に活かして活躍させること。採用された方を見ていて思うのですが、面接で見ているのは資格とか経験とかじゃない。その人の「本気度」。これだけ多くの飲食店があるなかで、独立するだけの力をつけ、営業を続けていくためには並大抵の覚悟では失敗します。誰でもはじめからラーメンを作れるわけではありませんので、たとえば「大きな声でいらっしゃいませを言う」とか、自分にできることをひとつひとつ、本気でやる。それが、成功の秘訣だと思います。

 平松社長は冷静で、かつ温かい人。独立していった者同士が、それまでと変わらず仲良くしていたり、本部で採用した人の教育を買って出たりするのは、みんなが社長を慕っているからなんだと思います。そんな社長のもとで、あなたも独立を目指しませんか。これまでやってきたことやプライドを脇に置いてでも、挑戦する価値がある。私はそう胸を張って言えます。